■〜秘密〜■
〈 九 〉 20090324
ピ……チョ、ン…… しん、と静まり返ったその空間では、僅かな物音がやけに大きく響く。 遠いどこかでしたたる一滴の雫にさえ、細い背はびくりと震えた。その大げさな程の己の反応に、彼は自分が未だ『恐れている』ことを知る。同時に、我が身に何が起こったのか……事実から目を背けようとしている心に気づき。 (逃げるな) 強く念じる。 (恐れるな……) 瞼を閉じ、ひとつ、深い呼吸をして。それから、ゆっくりと両目を開けた。 そこは薄暗い洞窟。 彼が現在いる場所は、穴倉にしては広い空間で天井が高く、大男が5,6人押し込まれたとしても息苦しさを感じることはなかったろう。トンネルの突き当たりなのか、ぐるり土壁に囲まれて道は前方に一本あるだけ。ただ、出入口は遠いらしく、通路の先は闇の中に消えていた。 外の様子をうかがい知ることはできなかったが、確かに通ってくる新鮮な空気に『閉じ込められている』訳ではないらしいと分かる。 バクラは本当に出て行ったようで、どこにもその気配はなかった。 周囲の様子を注意深く探りながら、アテムは今すべきことを考えた。 そこが王宮からどれ程離れた場所にあるのか、見当もつかなかったけれど。とにかく戻らねばならない。 馬はどうしただろう……と、記憶を巻き戻す。 町外れまで誘い出された。 先には渓谷が連なる未開の地、もうすぐそこは国境というところ。 バクラを追いかけて崖の上まで……追い詰めたつもりでいたけれど。追い詰められていたのは、アテムの方だ。 男を捕らえるどころか対面しただけで恐怖に支配され、満足な対応もできずに。王と呼ぶ声を耳にした――― (!!) そうだ、あの時。確かに誰かがアテムを追ってきていた。 あれは……あの声は、恐らく、シャダ。 今度こそハッキリと思い出す、バクラは彼を始末しようとしていた!! 「また……」 守れなかったのだろうか。 アテムの表情は暗さを増す。 突然足元が割れ、驚き立ち上がった愛馬と共に地の底へ落下した。 そこまでは覚えている。……その先は? こうして、大した傷も負わずに生きているということは、誰かに助けられたのだろう。 誰に? シャダ……? いずれにせよ、バクラがここにいたということは……。 のろのろと視線を移動させ、己の体を検分する。 一糸纏わぬ姿。 明らかな痕跡はないけれど、『そうだ』と思えば『そう』感じられる。 気だるく、どことなく熱っぽくて…… (嫌だ……) 普通に考えて疼く筈のない部分、そこが訴えているものは刺激の記憶? 触れる、なんて生易しいものではない。 きっと自分は、あの男に抱かれたのだ。 (イヤダ) 息苦しくて、何度も浅い呼吸を繰り返した。 意識がなかったから、など、言い訳にもならない。バクラが最初から『そのつもり』でアテムをおびき寄せたなら、まんまと罠にはまった訳だ。 一体何度、同じことを繰り返すのだろう。 だが、こんな愚かな自分を助けようとした為に、シャダが犠牲になった可能性がある。落ち込んでいる場合ではないとどうにか自制心を働かせて、アテムは行動することを考えた。 一刻も早くここを出て、体制を立て直さねば。 取り払われてしまった衣類を探した。 少し離れた場所に、無造作に放られているのが目に入り、足を引きずるようにしてアテムは移動する。 衣を拾い上げたが、指先が小刻みに震えてうまく着られなかった。仕方なく腰に布を巻きつけるだけにとどめ、せめて肌の露出を何とかしようと装飾品を求めて辺りを見渡す、と。身につけていた貴金属はすべて、一箇所にまとめて置かれていた。 ……妙に思った。盗賊の癖に、これらを残して去るなんて。 首をかしげながら近づくアテムの足は、突然止まる。 視界に飛び込んできたものに、凍りついたのだ。 そこにあったもの。 「千年輪……千年、眼」 力が抜けて、その場にへたり込んでいた。 千年輪にこびりつく、黒化したそれ。 千年眼に纏わりつく、鮮やかなそれ。 アテムの瞳に焼き付けられたものは。 二人の神官の、体に流れていたはずの血痕。 アクナディンの無事を祈る心は、鋭利な刃物で切りつけられたように痛む。 温もりを感じられそうな程、生々しい赤が纏わりつく……血まみれの千年眼は、アテムを激しく『責め』たてた。 「…………」 奥歯をかみ締めながら、 「一体、何をやってるんだ……オレは」 かすれた声で、呟いた。 再びあの男に抱かれたのだと認めたら。あまりにも惨めで、情けなくて、一瞬、何もかも放り出して終わりにしたい衝動に駆られた。 絶対に思ってはいけないことだと分かっているけれど、いっそ、そのまま殺してくれれば良かったのにという気持ちが生まれてしまった。 バクラが自分を殺さずにこうして慰み者にするのは、苦しめる為だとアテムは知っている。その通り、彼はずっと苦しんでいた。 悪夢に魘され眠れない、食事も喉を通らない。 闇が怖くて、男が怖くて、ビクビクするたび自分の弱さを思い知る。 何度も何度も否定して、強くあろうと頑張ってるのに。 『もういいだろう?解放して欲しい……』 そんなふうに逃げようとする別の自分が表に出てくるのだ。 目の前の千年宝物は、その心を責めているかのように存在していた。 『逃げるな』 『恐れるな』 自分に言い聞かせながらも、どこか甘かった。 つまりは全く分かっていなかったのだ……何を被害者面している? 本当の被害者は、彼らではないか! このような仕打ちを受けることこそが、その報い。苦しいのは、当たり前だ……。 キッと暗闇の向こうをにらみつけ、アテムは決意した。 恐怖とここで、決別すると。 今度こそ、絶対に。強い自分で、立ち向かってみせる。 彼らに誓いを立てるように、宝物と向き合った。 千年宝物は意思を持つ。自ら持ち主を選ぶのだ。 〈資格〉がないと見なされれば、触れた者は魂を焼かれ死を与えられる。手にするだけでも難しいが、その上宝物の力をコントロールするとなると更に適格者は限定される。 宝物の、強大な力に対抗できる程の〈素質〉を持つものは滅多に存在しない。だから現在の神官団が結成されるまで、長らく宝物は眠っていた。 アテムが千年宝物の誕生について把握していることは、父である先王アクナムカノンから伝え聞いたことだけ。 15年前、この国が嘗てないほどの危機に晒された際、王家に伝わる秘密の書が解読され『国を守る力』を与えるとされる千年宝物の生成法を得る。 かくして、宝物はこの世に誕生し伝承どおり国を守った。が、それは、期待以上の力だった。 確かに敵は退けたけれど、同時に宝物を操る者をも滅ぼした。 千年の秘宝は、誰にでも扱える代物ではなかったのだ。 とてつもない力に恐怖を感じたからこそ、先王は千年宝物を手にする人間を厳選し、特殊機関である神官団を組織したのだった。 父王は後継者であるアテムに千年錘を差し出し言った。 『そなたに〈資格〉がなければ、宝物はそなたの魂を焼き尽くすであろう。また、そなたに〈力〉がなければ、宝物はそなたの心を食い尽くすであろう。それほどの能を秘めた宝物を手にすることの意味を。この先……その命尽きるまで、考え続けよ』 滅多な事では力に頼らなかった父。 アテムもまた、その心を継いでいる。 その力に飲み込まれないよう、宝物を賜る者はそれなりの術を体得している。そうでもなければ、他人の宝物に手を触れることはできない……千年輪、そして千年眼を前にしてアテムはふと、今更とも言える疑問を感じた。 そんなことなど知るはずのないバクラが、二つの宝物を手にしても何の変調もきたさなかったとはどういうことなのだろうか。 『こいつはそんなにおキレイなブツじゃねーぞ』 何気なく呟かれた、あの台詞。 男は何かを知っている。アテムの知りえない、何かを。 ある筈のモノがない胸元で拳を握り、アテムは唇を噛んだ。 己に対し打ちひしがれるほどの情けなさを感じるのは、そのせいだ……そう、衣服や貴金属が散乱するその場には。 何より大切な千年錘が見当たらなかったのだ。 千年錘だけ、が。 「バクラ……」 おそらく、奴が持ち去ったのだろう。 千年輪と千年眼をこの場に残し、千年錘のみ奪った。 その意味が。アテムには嫌でも分かってしまう。 逃げようと思えば、簡単に逃げられる。 アテムは縛られている訳ではなかったし、出入り口も封じられた様子はない。拍子抜けするほど、自由の身だった。 どうするべきかは分かっている。千年錘のことは気に掛かるが、ここはひとまず千年輪と千年眼だけでも持って王宮へ戻るべきだろう。王が行方不明のままでは、神官たちが混乱する。 けれど、アテムは迷っていた……バクラはそこまで計算している。 アテムを拘束することなくここに残して行ったのは。 千年錘だけを持ち去り千年輪と千年眼を置いて行ったのは。 アテムに選択を迫っているのだ。 マハードの千年輪、アクナディンの千年眼。 二人の神官を襲った男は、宝物を通しその犠牲者の姿をアテムの脳裏に蘇らせた。そうしてニヤリと笑みを浮かべ言い放つ。 『二人を傷つけたこのオレ様を、野放しにしておいていいのかい……?』 アテムが自分で選ぶことに、意味がある。 アテムの意志で、ここに残る……バクラが望むのはこれだろう。 逃げなければバクラの思う壺。しかし……。 アテムは握り締めた手にぐっと力を込めた。 もうこれ以上は絶対に許せないのに……気づいてしまった。 ここにもう一つ、あってもおかしくない宝物が存在することに。 千年錠――あの時、アテムを追ってきていたシャダの宝物。 もし彼がバクラにやられていたとすれば、あの宝物もここになければならない。 バクラなら必ずそうする、なのにないということは。 「バクラ……!」 バクラが出て行った目的。 奴は、シャダを狩りに行ったのではないだろうか……? (ならば) 王宮へ逃げ帰ることなど許されない。シャダはきっと、アテムを探している。 アテムがいる可能性がある限り、彼はきっと諦めない。だから必ず、まだこの周辺にいるのだ。 (行かなければ) アテムは王の顔をして立ち上がった。 (手遅れになる前に。今度こそ、バクラを捕らえなければ) 鈍く光る、罪の象徴を見下ろした。 千年輪と千年眼を置いていく訳にはいかない……罪悪感から、一瞬躊躇ったものの。アテムはゆっくりと千年輪に手を伸ばした。 触れた瞬間、 ――シニタクナイ……―― 「!!」 咄嗟に引っ込めた指を、驚いた瞳は見つめる。 心に突き刺さった、悲しげな誰かの『声』。それは千年輪から聞こえてきた。 もう一度確認しようと、恐る恐る近づく、と。 ――オレガ ナニ シタッテ イウンダヨ!!―― 今度は、悲鳴のような怒声が上がった。 「な……に……?」 普段はそんなこと気にならないのに、宝物が氷のように冷たくて。近づくだけでも酷く辛い……痛みを伴う何かがアテムに伝わってくる。 これは、なんだ? 無視することはできなかった。 アテムは刺すようなその痛みを堪えながら、輪を握った。 目を閉じ、意識を集中して読み取ろうと努力する。 最初は、見過ごしてしまうかというほど微かなものだったが。徐々にその正体が見えてきた。 恨み、憎しみ、悲しみ……千年輪から、確かな『感情』が伝わってくる。 アテムの千年輪についての知識は、そう深いものではない。 7つの宝物を一つにまとめるのは確かに王の役割であったが、一つ一つの宝物を『理解する』ことは、その持ち主以外には不可能であるしそもそも許されないことだった。 宝物は、『使われている』のではなく、扱う者に『力を貸している』形だ。その為、宝物に『受け入れ』られなければ触れることすらできない。 そんな宝物と所持者の間には、ある種の『信頼関係』が存在する。 だから王といえども、自分が所持することを許されたもの以外の宝物を、本当の意味で『知る』ことは難しかった。 宝物をまとめるべき王が把握しているのは、その所持者から知らされたことだけ。 マハードによれば、千年輪には千年宝物が力の代償として溜め込んだ『念』が封じられており、この『念』を押さえ込むことが千年輪を賜る神官の役目であると。それ故、マハードは彼自身の特殊能力――魔力を封印の為だけに使用し、戦闘で目立つことは一切なかったのだった。 彼がいなくなった今、千年輪に封じられた『念』を抑える術はなく、いわば垂れ流しの状態である。 アテムは背筋がひやりとした。 所持者を失った宝物は、あらゆる意味で危険なものなのだ……。 千年輪を持つ指が、色も体温も失くし強張っていた。 ただ触れるだけでもこんなに辛いのに、身につけ平然としていたバクラのことがまた、恐ろしく思えた。 考えてみれば魂を焼かれなかったということは、千年輪も、千年眼も、バクラを拒絶しなかったということだ。少なくともあの男には触れる〈資格〉があるのだと、認めざるを得ない。 けれど。 ――タスケテ!―― 「…………」 奴にはこの『声』が聞こえなかったのだろうか。 ――タスケテ!!―― 「……っ」 聞こえても、何も感じなかったのだろうか。 必死で助けを求める『声』 そんなふうに求められても、どうしていいか分からない。 どうすることもできない以上、ただ聞いているしかなくて。まるで見捨てるようで辛かったけれど。アテムは、手を離さなかった。 逆にしっかりと胸に抱え、痛みを堪えながら受け止める。 それは一人のものではない……大人も子供も、男も女も含まれる。 多くの、数え切れないほど多くの人の『声』 そう、これは人間の声だ。何故そんなものが宝物に封じられていなければならないのか。この人たちは、『実際に存在した』のだろうか……? アテムは千年輪を深く抱きこみ、更に集中した。 『声』に含まれる感情を何一つ逃さないように。 どこか攻撃的なそれらは、アテムの心を乱暴に刺激したけれど、それに耐えてでも『聴かなければならない』と思った。 ここには何か……何かとても重要なことが隠れているような気がしたから。 『声』はどんどん増えてくる。 まるで、聞いてくれる人がそこにいることに気づいたように。 独り言のように囁かれるだけだった台詞は、音量をあげ外に向け主張し始める。 苦しいと、辛いと、そして寂しいと。訴えてくる。 死にたくなかったと恨みがましく呟き、どうしてこんな目に合わねばならないのかとわめき散らす。アテムに、怒りをぶつけてくる。 一体何があったんだ? どうしてそこにいるんだ? 事情だけでも知りたいと、アテムは心の中で何度も問いかける。だが、無視され続けた。彼らはただ、一方的に『発信』するだけだった。 理不尽に叩きつけられる感情に対し、アテムの心が反発を覚えることはなかった。当たり前のように、受け入れてしまう。どうしても他人事と思えないのだ。 宝物をこの世に誕生させたのは王家。目的は純粋に平和の為だったと信じているが、その裏に、大きな犠牲があったのではないだろうかと考えて。 そのようなことはないと思いたいが、誤魔化すことはできなかった。 そんな中、 ――ナンデ……―― ぽつんと、漏らされた言葉。 それはとても、とても小さな声だった。 他の声にかき消されそうなほど、か細く弱々しい感情にも関わらず、アテムの耳はきちんと捉えた。それがなんだか気になって、ともかくその一点だけに集中する。 ――ドウシテ オレニ オシエタンダ……―― 泣き声ではなかったのに、アテムにはその声の主が泣いているように思えた。 他にも辛そうな声はたくさんあった、けれどこの『声』は特に気になる。 気にかかる。 ――ニクイ、ニクマナケレバ―― 気になる理由は、たぶん。 この『声』だけが、アテムに感情をぶつけずにいるからだ。 ぽっかりと穴が空いたような、どうしようもないやりきれなさに支配され。途方にくれて立ちすくんでいる少年のイメージがなんとなく心に浮かぶ。 その少年は、感情を抑えて一生懸命自分に言い聞かせている……だからきっと、こんなに力がない。 アテムは思わず語り掛けていた。 「どうした?」 驚いたように、少年は口をつぐんだ。他の声にはなかった反応。 自分の声が届いていると知り、アテムはもう一歩、踏み込んでみる。 「何故そんなにも悔しい?何故そんなにも悲しい……?」 ――アワレミ ナンカ ホシクナイ……ニクイ、ニクイ。オレヲ アワレム ヤツラガ ニクイ―― 「…………」 『声』は毛を逆立てアテムを拒絶した。 正直、憎いと言われてショックだった。が、突っ張りながらも「気にして欲しい」のだと言わんばかりの少年の声は、やはりどこか頼りなくて。アテムはますます放っておけなくなった。 どうしてだろう……何故こんなにも気に掛かる?それに、この感じ。よく、知っているような……? 荒みきった心に、憎しみの衣を纏って。触れなば傷つけると敵意をむき出しにする。一方で、無理をしているような悲痛さを抱えて……だからオレは…… 「え?」 一瞬、少年のイメージに重なった映像があった。 目の前に浮かんだのは、バクラの姿。 戸惑いながらもアテムはすぐに納得した。 そう……最初の夜、アテムが軽く口にした『憐れ』という言葉。バクラはそれに過剰なほど反応し、攻撃的になった。 『憐れみ』が『憎しみ』の対象――この『声』は、バクラとよく似た反応をみせている。 どちらも、アテムを憎らしいと…… 「憎い、か……」 ズキズキと胸が痛む。 自分は、憎まれるほどのことをしたのだろうか。 アテムにはその自覚がなく、だから余計に悲しくて。 バクラに関しては、お互い感情的に相容れない部分があったから、どんな言葉が刺激になったとしても仕方ないと思うけれど。今のは、心配、というか、どうしたのだろうと気に掛かって、なんだか放っておけなくて……なのにこの『声』はそれを『憐れみ』ととり、反発した。 「憐れんで、る?」 違う、そんなんじゃないのに。ああ……前にもこんなことを思った……アテムはぼんやりと考えていた。 同じだ、この胸の痛みは、バクラから与えられる苦しみと同じもの。 「なら……」 分からないことばかりだけれど、一つ確かな事は。 この『声』は、バクラと『同類』 「…………」 何か手がかりをと、アテムは神経を研ぎ澄ませた。しかし、それっきり。少年のイメージは消えてしまった。 暫くの間、アテムは難しい顔をして考え込んでいた。 千年輪と千年眼を交互に見つめ、そうしてそこにない千年錘と千年錠を思う。 脳裏にシャダの顔が浮かんで苦しそうに頬を歪めたが、バクラの姿に取って代わると、キリッと口の端を結んだ。 徐に立ち上がり。 アテムはその場に残された装身具を全て身に着けた。 玉座に座る、誇り高き王として。 二つの宝物を両脇に従え、悠然とその場に腰を落ち着ける。 そのまま――― 「……逃げなかったのかい?」 戻ってきた銀髪の男を、迎えたのだった。 |
* * *
「折角、自由にしてやったのに……」 嫌味な笑みを浮かべるバクラの胸に、やはり、あった。 当たり前のように収まっている千年錘を見つめるアテムの瞳は、苦々しく揺れた。そこに含まれる感情に気が付いたのだろう、バクラは見せつけるように錘を掲げてみせる。 「こいつを置いては行けなかったか?一応、期待はしてたぜ、あんたがここにいたらって。……もっとも。オレの予想じゃ、逃げる可能性の方が高かったんだけどな」 「……逃げるわけにはいかない。貴様とは、ここで決着をつける……」 アテムが自分で思うよりもずっと、落ち着いた声が出せていた。 バクラは不審そうに眉を顰める。 「ごりっぱ。どういう心境の変化?覚悟は出来たってか?……なら、早速。いいもん、見せてやろう」 言いながら、差し出した手に握られていたもの。 流石にアテムは息を呑んだ。 「…………」 「たまたまバッタリ出くわしちまって。邪魔するからさぁ……運が悪かったとしか、言いようがねぇな」 アテムの目の前で揺れていたのは、千年秤だった。 その宝物の所持者はカリム……どうやら、アテムが考えているよりもずっと、状況は悪化しているようだった。 「……殺したのか……」 荒れそうな感情を宥めながら、アテムは低く呟いた。 「ま、あれじゃ、時間の問題だろーなぁ……」 (死んでない……大丈夫、きっとまだ、大丈夫……オレが、大丈夫に、する) 信じることが、命を繋ぐとでもいうように。 必死で自分に言い聞かせながら、声を絞り出す。 「……彼……だけ、か……他には……」 「ああ、あのハゲ?奴なら……」 バクラがくいっと顎で指し示した方向。視線を移したアテムは、ここより幾分暗い闇に慣れるまで何の反応もできなかったが。 認識した瞬間、短く叫んだ。 「シャダ!」 少し離れた場所に、黒い塊……目を凝らして見れば、それは地面に蹲るシャダだった。暗い上、気配がないので気づかなかった。 アテムは慌てて立ち上がり駆け寄る。 バクラの前を横切る形になったが、男が彼の行動を制することはなかった。 傍に跪き確認して、ひとまずホッとした。 血にまみれた体は裂傷だらけであったが、致命的なものではなかった。そっと抱き起こすと。しっかりしているとは言い難かったが意識はあり、シャダはアテムを見上げ力なく笑った。 「ふ……ラ、オ……ごぶ、じで……」 「……単独行動は、禁止した筈……」 王として。 どうにか厳しい表情を作りながら、アテムは優しい声音で叱責した。 「え、え……です、から……私と、か、リム……」 彼の名を口にする時、シャダは辛そうに声を震わせた。だが、きちんとアテムの目を見て、伝える。 「セトも、いっしょ……まだ、セト、が……」 「せ、と……も……?ここに……」 「3人で……あな、た、を……追い……。手、分け……」 「……結局、単独じゃないか……」 泣きそうになりながら、アテムは「もう喋るな」とシャダの頬を撫でた。 セトが一緒だったなら、なんとなく読めた。 きっとセトが勝手な行動をしたのだ。アテムを追って、一人で飛び出して。シャダとカリムはアテムの言いつけどおりに行動しようとして、彼と共にここまで……。 「へぇ……のっぽさんも来てたんかよ。なら、奴を連れてくりゃ良かったぜ……さぞかし盛り上がったろうぜ?」 怒りを露わにキッとにらみつける、そんなアテムを歯牙にもかけず、男は近づいてきた。 シャダを背に庇い立ち上がったアテムの正面で止まり。 慣れた仕草で細い顎に指をかけると、触れるかというほど唇を寄せ囁いた。 「見物人が、必要だからな。あんたの哀れな最期を見届ける……」 どこか冴え冴えとした瞳だった。 間近でそれを見るアテムは眉を寄せた。 バクラは確かに残忍で、無茶なことをするけれど。言動には軽さがあっていつも飄々とした雰囲気を漂わせていた。 けれども今ここにいる男は緊張を背負い何かに縛られているようで……つまるところ、余裕が、ない。 アテムの上に跨っていた先程までのバクラとは、別人というほど何かが違っていた。 違和感を感じながらアテムは変わらぬ調子で答えた。 「見物人など必要ない。彼は、すぐに帰す」 「やっぱ気が合わねーの。ま、好きにしな」 言いながら、何を考えているのか千年錘を外し、アテムの首に戻してみせる。 「『すぐに』できるっつーなら、やってみせろや」 ただ。そう、バクラは前置きし。 ゾッとするような冷たい笑みを唇に浮かべた。 「……あんたが、そんな気になれるかどうか」 不気味な声音に、鳥肌が立った。 直後。 背後に巨大な力を感じた。 その〈質〉に覚えがあり、アテムはハッと振り向く。 「!?」 アテムの後ろに蹲っていたシャダを、すでに拘束していた精霊獣……その姿を肉眼で捉え、愕然とする。 「ど……」 あまりのことに、声を失っていた。 あらゆる感覚が遠ざかり、目の前の事実を理解させまいとする作用が働いたが。 その中で、シャダの苦しそうな声だけが響いて聞こえた。 「ファラ、オ……神は、盗まれ……いた、の……です……」 アテムが退けたディアバウンド。 あれ以来、姿を見せることのなかった精霊獣がどういうことなのか、アテムが見失った『王宮の巨神』の気を纏っている。 視覚的にも、蒼の神の形を模しているのは明らかで。 混乱しながらシャダの言葉を反芻した。 盗まれた……?既に、盗まれていた!?いつ?どうやって!? 説明を求めるように、バクラを見た。 バクラはアテムの反応を鼻で笑い、もったいぶって肩をすくめてみせる。 そうして、やっと口を開いた。 「あんたの中には、もう、いないんだろ?それが答えさ。……オレが持ってるから、あんたのは消えた。つまり、そゆこと」 「いつの……まに……」 「その辺がなぁ。経緯はともかく、オレ様のディアバウンドは確実に強さを増した。『あんた以外は、相手になんねぇ』」 何かを含んだ言い方だった。 気がついて、アテムは一気に青ざめる。 「ま、さか……!!マハードは」 零れてしまいそうなほど目を見開いているアテムに、バクラは畳み掛ける。 「魔術師も確かに力を持っていたが。『神』の力を得たディアバウンドの敵じゃぁなかったな。それに―――」 バクラはまだ、何かをアテムに教えていたが、アテムの耳にはどんな言葉も届かなくなっていた。 マハードの死について。 アテムには腑に落ちない点があった。 アテムの身に起こったことが彼を動揺させた、としても。 バクラのダメージが軽すぎるのだ。 バクラのディアバウンドと、マハードの幻想の魔術師――バクラと対峙しているアテムには、双方の力を比較することができた。 魔力を解放したマハードならば、ディアバウンドと互角に戦える。たとえ、勝負の結果が同じだったとしても、バクラに傷を付けることはいくらでも出来た筈。 なのに、マハードと戦いすぐに王宮を襲ったバクラ……何の負担もないようだった、ほぼ無傷と言っていい。 彼らの実際の戦闘状況が分からないだけに、これだけ見れば、マハードは何も出来ずに一方的にやられてしまったと考えるしかない。 何故……? アテムはどうしても納得できなかった。 しかし、これで合点がいった。 バクラの僕は『蒼の神』の力を手にしている。 アテムの『神』を。つまり…… 「魔術師も。片目のじじいもおかっぱ男も。みぃんな、あんたの『神』の力にやられたのさ」 恐ろしい事実を、残酷なまでにハッキリと突きつけられて。 目の前が、真っ暗になった。 (オレガ……コロシタ……) 闇の中で。 沸々と、とてつもない怒りがこみ上げた。 誰でもない、自身に対しての。 悲しい? 苦しい? 辛い……? 何を、酔っているのだ。 オレが被害者!?否、りっぱな加害者ではないか! この男に力を与え、男の暴力に加担した、共犯者じゃないか!! ブルブルと拳が震えていた。 償いきれない……あまりに罪は、重かった。 どんな暴力を受けようとも。バクラに対して、『思うところ』があったから、ここまできても『理解しよう』と対話の姿勢を崩さなかった。 自分のことだけで済むのなら、最終的な『始末』だけは避けたかった。 けれど。 この甘さが既に罪なのだ。これ以上は、本当に許せない。 とんでもないことだ、大変な力を与えてしまった。その責任は重い…… ぎりり、と強く噛み締めすぎて。 口の中に鉄の匂いが広がった。 カッと宙を睨みつけたアテムの感情は爆発した。 犠牲者を出す事は、絶対に許されない! そこにどんな『理由』があろうとも、必ずここでバクラを殺さなければ!! 「―――――!!」 アテムは『紅の神』を召還した。 天を統べる竜神を、狭い洞窟の中に呼び出すことは出来なかったが。 その強大な力は、空気を介して穴に押し込められている彼らを圧迫した。 アテムは傷だらけのシャダが押し潰されないように庇いながらバクラを鋭い眼光で射抜き、宣言する。 「……貴様を、殺す……」 「ひゃーはっはっはっは!お優しい王サマの口から、そんな物騒なお言葉が飛び出すとはな!!いいねぇ、殺されてみたいねぇ……」 バクラは全く動じない。それどころか、馬鹿にしたような笑みさえ浮かべ軽口を叩く。 だが一向に構わず、アテムは続けた。 「外に出ろ……この中で戦闘を行えば、例外なく生き埋めだ。それでは意味がない。オレはオレの力で貴様を倒す。貴様も、それを望んでいるのだろう……」 ふいに笑みを消し、バクラも真面目な顔で答えていた。 「ああ。ここでおっぱじめるつもりはねぇ、やるなら広いトコロで思いっきりあんたを叩きのめす。もちろん、外で相手してやるよ……けど、その前に。オレ様がどうやってあんたの力盗んだのか、興味、ねぇ?」 「ないな」 「『紅の神』も盗まれるかもよ」 「その前に決着はつく……盗まれる前に貴様を倒せばいいだけの話だ。オレが、これ以上は許さないと決めた。別に知る必要はない……」 「簡単に言ってくれるね。だが、オレは絶対に『死なねぇ』よ?知っといた方がいいと思うがな……ま、知ったトコでアレだけど。その方が、オレはもっと楽しめるんでね」 意味の分からないことを呟くバクラに、アテムは苛ついた。 「ごちゃごちゃ言わずに、さっさと……!!」 背後から苦しそうなうめき声が聞こえ、アテムは慌てて振り返る。 地中に半身を埋めているディアバウンドが、その手でシャダの体を鷲掴みにしていた。怒りに任せて熱くなっていたアテムだが、すぅっと血の気が引いた。 ここで戦闘を繰り広げなくとも、シャダの身が非常に危険な状態であることに、今更ながら気がついたのだ。 小さく舌打ちして、要求する。 「オレと貴様の戦いだろう、彼は関係ない、放せ!」 「放すと思うか?オレは卑怯がウリなんでね」 「だが、貴様には誇りがあり秩序がある。こういうやり方は、好まない筈だ」 断言するアテムに、バクラは驚いた顔をした。 一瞬、嬉しそうに口を緩めたが、素に戻っている自分に気づいたのか。慌てて仮面を被る。 「買いかぶりすぎだぜ、あんたもヒトがいいねぇ。分かってねぇな……奴は観客だっつったろ?今から、あんたとオレがすることを見届けてもらわなきゃなんねぇ。あとは……そうさな。役割としちゃぁ、あんたを逃がさない為の人質ってとこ?」 「貴様を倒すまで、オレは逃げも隠れもしない。彼がいなくても、オレは貴様の前に……」 「そうじゃなくて。オレもさぁ納得しないと次いけねぇんだよな、性分で。確認する前にくたびれてもらっちゃ困る……今度は、ちゃんとあんたの意識がある状態でヤりてぇの。勝負はその後だ。逃がさないっつーのはそゆこと」 「な、に……言ってる……」 とてつもなく嫌な予感がした。冷たい汗が、背筋を流れていく。 「あのハゲ殺したくなかったらな、も一度楽しませろって言ってんの」 「ふざ、けるな」 言いながらも、アテムはバクラの本気を感じていた。 そして悟る。 この男がシャダを『生かした』まま、ここに連れてきた理由は! 「…………」 闘いが目的なら、バクラはこんなことはしない。アテムはそれを絶対だと信じている。 この男は、確かに卑怯な手を使うが、何より己のプライドを優先する。その上、征服欲が非常に強い。きっと全力の相手を制することで満足を得る……だから。 戦闘に於いて、その妨げになるようなことは決してしない。 バクラとの限られたやり取りの中で、アテムが感じた『バクラ』はそういう人間だった。 今、バクラが言っていることは、だが話が全く違う。 目の前の男は、アテムを倒す為にシャダを利用しているのではない。 その目的は―――― 「くっ……」 恐れではなかった。 屈辱で、アテムの体は震えていた。 自分を苦しめる為の手段として『あれ』を要求されているならまだしも。 これは、『それ』自体が目的だと言っているも同然。 『楽しませろって言ってんの』 バクラはただ、この体を抱きたいのだ。 ――イイ、お顔だ―― ――そんなシめつけんなよ……―― ――すんげーヨかったぜ……結構、体の相性良かったんだな―― ――勿体ないからさぁ……もう少し、生かしておいてやる―― 次々と蘇る場面。 まるで他人の情事を見つめるように、アテムはその映像を『外から見ていた』 バクラは、行為そのものを楽しんでいた。 そして『アテム』も……。 恍惚とした表情を見せる己の顔がチラついて、再び吐き気がこみ上げてくる。 バクラは最初からアテムをいたぶり女扱いしていたけれど。あれでは、アテム自身がそうされることを望んでいると言っていたようなもの。 もしもバクラが、そう感じたとしたら? その結果、こうして求められているのだとしたら? 王としても、男としても。自尊心をひどく傷付けられた。 しかし……ちらりと横目でシャダを確認する。 消耗しきっているシャダを連れて、この場から逃げるのは至難の業。既に三人の神官が犠牲になっている。これ以上は許せない、どうしてもシャダの安全は確保しなければならない。 その前には、どんな誇りもプライドも薄っぺらい紙クズのようなものだ。 青白い頬を強張らせるアテムと、淫猥な笑みを浮かべるバクラ。 王と盗賊、男と男。 あるはずのない欲望の熱が両者の間に漂い始め、空気は異様な様相を呈した。 シャダも、それは感じたのだろう。 「……くるっ、て……る」 不快感をあらわにし、バクラを蔑んだ目つきで睨んでいた。 「ファラ、お……このような、ざれごと……」 「黙ってろハゲ。決めんのは、王サマだ」 「彼を、放せ……」 しわがれた声しか出なかった。 分が悪いのはわかっている、それでもアテムは引かなかった。 「彼は、必要ない……」 「確かに。ヤルことやっちまえば、用はねぇ。いつでも放してやるよ」 「……ディアバウンドを、消せ……そうすれば、貴様の言うとおりに……」 「それはできねぇな。オレはそんな甘くない……奴を盾にしなきゃあんたマジでオレを殺りそーだ。簡単にやられたりしないけどさぁ、オレとしては。あんたを犯ってから、殺りてーのよ」 そんなこと、受け入れられるわけがない。誰かの目の前でだなんて……。 しかし、どう考えてもアテムの方が不利なのだ。 こちらの要求が、通ることはまずないだろう……それでも、せめて。 「これ以上、彼に、傷をつけるようなことは……」 「妙な素振りをしなけりゃ、手はださねぇよ。捕まえとくだけだ」 「…………」 ごくりと唾を飲み込んで、アテムはバクラの瞳を見つめた。バクラも真っ直ぐにアテムを見ていた。 絡み合う視線は、どこか艶めいた性の彩を感じさせる。 もうすぐそこに迫っている『現実』を感じて。動悸が激しくなる。 何度も何度も呼吸をくりかえして、アテムは自分を落ち着けた。 とにかく、シャダを解放させることが先決だ……バクラが約束を守るかどうかは分からないが、奴の意識をこちらに集中させればシャダへの注意は薄れる筈。 必ずどこかに隙ができる、その瞬間を待つしかない。 観念して。 受け入れるかのように目を閉じたアテムに、バクラはにぃっと口の端を上げた。 一切の抵抗を放棄したアテムの体に手を伸ばす。 「ファラオ!」 僅かに残った力を振り絞り、シャダは悲痛な声を上げた。 「ファラ、オっ私に!構わ、ず、バク……ラに攻、撃を……!!」 バクラに腰を抱かれながら、アテムはゆっくりと首を振る。 「オレに、守らせてくれ……お前だけでも。オレの……せめて、オレの手で……」 「いい心がけだ。そう……まさに体張って守るんだ。簡単なことさ、オレを満足させりゃ、そいつは助かる」 言いながら下半身を押し付けてくる男。既に硬くなっているそれに触れ、アテムは思わず顔を背けた。 バクラは冷たく笑い、耳元で囁く。 「ヨく、してやるからさ」 そうして、呆然としているシャダを横目で見遣り、言った。 「神は。三度、穢される……」 「バ、カな……!!」 シャダは慌てて立ち上がろうとしたが。 「ぐぅっ……」 僅かに力を入れたディアバウンドの手に圧され、たまらず悲鳴をあげる。 「シャダっ」 アテムはぎゅっと目を瞑り、シャダのことだけを考えていた。 バクラを感じないように、シャダのことだけを。 「シャダ、動くな……」 「そうそう、じっとして、黙ってそこで見てろって。てめぇにゃなんにもできゃしねぇ……力がないんだからさぁ力のある王サマに守ってもらうしかないだろ?強けりゃ」 言いながら、細身を胸の中に引き寄せて。アテムの背中に両腕をまわし、下肢に手を添えた。 「止められたんだろうけどな……ご主人サマが、こんなことされる前に、さ」 体を硬直させるアテムに目を細めながら、衣の裾から生える華奢な足に指をかける。 少しだけ股を開かせると、無骨な指はしばし内側を弄り。太腿をゆっくりと這い上がった。そうして、シャダに見せつけるつもりなのか。 布の上からも形が分かるよう、小さな尻を揉みしだく。 「……外道……」 シャダは堪らないというように頭を振り、吐き捨てながら俯いたが。 バクラの指示を受けたディアバウンドに顎を掴まれ顔を上げさせられた。 「めったにお目にかかれるもんじゃねぇんだ、しっかり顔上げとけよ……見ないっつーなら聞かせてやろうか?王サマの鳴き声なんか聴いたことねぇだろ。いい機会だてめぇがいるなら可愛い声出しそうじゃん」 「貴様!!」 もう耐えられないと、シャダは暴れだした。 「殺、せっ!私をっ殺せっ!!この、ような……このような、下劣な行為!!道具に、使われる、なら、いっそ……!!!ファラオ!攻撃を!!貴方がなさ、らないな……ばっ私は、……!!!」 「チっ……」 逆上し己を殺しかねないシャダに、バクラは面白くなさそうに舌打ちをした。 が、二人が行動を起こす前に、アテムが制する。 「黙れ、シャダ」 小さな声だったが、鋭く洞窟内に響き渡った。 びくりと硬直したシャダは一切の動きを止める。絶対的な支配者の言葉……ディアバウンドに握りつぶされそうになっていた彼は途端に大人しくなり、同時にバクラも精霊獣への命令を撤回していた。シャダは、かろうじて死をまぬがれた。 「お前は……オレにお前を殺させたいのか?」 バクラに身を任せながらも、アテムは落ち着いた声でシャダに語りかける。 「ふぁら、お……」 「『神の力』で、再び。お前の命を奪うのは、『オレの力』。お前はオレに、何度罪を犯せと……?」 「ちがっ」 「お前はオレが守る。オレが、必ず……」 ククク……喉を鳴らしたバクラは、二人をあざ笑うかのようにアテムを地面に押し倒した。 それでもアテムは、静かに口にする。 「お前を、守る」 声を押し殺し、シャダは泣いていた。 その気配を感じながら、アテムは自分でも不思議なくらい穏やかな笑みを浮かべていた。 「この程度のこと。なんでもない」 「ファ……オ……」 「……話はついたな。おい、ハゲ。気づいてないようだから、一応注意しとくけど。てめぇだけじゃなくてなぁ、オレぁ王サマの命も握ってんだぜ?」 「!!」 「あんまりイラつかせんなや。王サマ、最悪な死に方することになるぜ?突っ込まれたまま昇天……なーんてな」 「そんな……」 「オレは、死なない」 凛としたアテムの声に、バクラは一瞬言葉を詰まらせたが。 「……ま、とにかく。そこで静かにしてろ。あ、反応しちまったら、勝手に処理していーぞ。なかなかごーせーなオカズだぜ?現人神の痴態を見ながらなんて、な」 「どう、して……こんな、こ、と……」 絶望的な声を出すシャダに、アテムは何度も繰り返した。 「大丈夫だ、シャダ。何でもない、大丈夫……」 ゆっくりと、バクラが覆い被さってきた。 アテムはもう、何も恐れてはいなかった。 シャダがそこにいる……無様な姿はさらさない。最後まで、強くあれる。 大丈夫、絶対に守ってみせる。 首筋に顔を埋めるバクラ。荒々しい男の息を肌に感じて、アテムは固く目を閉じる。 怖くはない、ないけれど。 無意識で、地面に手を這わせていた。 救いを求めるように。細い指は土をまさぐり、その先が何か硬いものに触れた……刹那。 「!!」 瞼の裏に、強い光が差した。 「!?」 驚いて目を開けたアテムの視界は、眩いばかりの白に支配されている。 何も見えない、何が起こったんだ!? 思わず、指に触れたものをギュッと手の中に握り締めた。 それに触発されたように、白い景色の中を黄金の光の筋がいくつもの線を引いて走ってゆく。呆然とするアテムは、何度もまばたきを繰り返した。と、何の前触れもなく。 ふっ、と。体に圧し掛かっていた重みが消えた。 「え……」 何がどうなっているのか、全く分からなかった。 少しずつ輪郭を取り戻す像。 光が落ち、 影が浮上し、 形が現われる ……少しずつ、少しずつ。 漸く元の状態に戻った時。 そこは、暗い洞窟の中ではなかった。 「…………」 あっけにとられて、何の反応も出来なかった。 バクラも、シャダも、どこにもいなくて。 アテムの目の前には、荒廃した景色だけが広がっていたのだった。 To be continued... |
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