カワイソウ ナ フタリ
 
 ああ、可哀想な王サマ
 可哀想なオレ様
 かわいそうな、可愛そうな、オレ達ふたり―――



 彼にとって、そこは牢獄のようなものだったろう。
 自身の寝室であろうとも、バクラの傍にある限りは。

 とはいえ、バクラにも言い分はある。彼に強いてるつもりはない。最終的な選択は彼に任せていたし、逃げることも助けを呼ぶことも可能。とにかく、彼は何をするにも自由だった。
 もっとも、暴力から始まった関係だ。最初の行為が無理矢理の強姦だったことは認めよう。精神的に追い詰め、言いなりになるように仕向けたことも認める。けれど、結局それらは全て、今の彼には『言い訳』として役に立っているのだから、責められる筋合いはないと思う。



 逢瀬はきまぐれに。
 今夜もふと思い立ち、闇に紛れて王宮に忍び込んだ。

 バクラがその扉を開くと、間男の来訪を心待ちにする人妻のように彼は寝台の上に横たわっていた。
 邪魔な装飾品は一切取り払い、素肌が透けて見えるほど薄い布を裸身に巻きつけて。入り口に立つバクラの視線を背中で受け止めた。
 眠っているのだろうか……いや、薄闇の中、意識を扉に集中させていたかもしれない。だとすれば、音もなく近づき肩に触れたバクラの掌が感じた熱は、『期待』の表れだったのか。
 ぐいっと指に力を込めこちらに向かせると、バクラはその顔を覗き込んだ。
 寝台横でゆれる蝋燭が、二つの紅い光を浮かび上がらせる。やはり彼は眠っていなかった。厳しく、強く、バクラを見上げる瞳がそこにある。バクラも圧されることなく鋭い視線で見下ろした。

 今更だから、始まりを告げる言葉はいらない。
 ただ、互いの真意を探るように見つめあったまま、唇を合わせた。




 神聖な儀式でも行うようにして、
 バクラは彼の肌を吸う。

 シミ一つない美しい肢体に刻まれる『ケガレ』――それは、永久のものではない。束の間の、もの。
 思いつきだった。彼を縛るものがあればと何気なく付けた刻印だった。が、この程度の印、時と共に「何もなかった」かのように消え失せる。
 だからこそ、『理由』は生まれたのだ。

 消えるなら、また刻めばいい。刻む為にこの時間があるのだと、彼を求める理由ができた。
 次がある……失われるものだから『次』は存在できる。バクラが求める事を諦めない限り、必ず存在する。この繰り返しが『永久』を約束してくれた。

 真実を知ったバクラに与えられた、たった一つの拠り所。
 『生きているのだ』と実感できる、ただ一つの。




 バクラを受け入れるのに、彼は以前ほど手間をかけさせなくなっていた。元来、こんなことをするようにはできていない体だ。時間をかけて根気よくほぐしておかねば、バクラ自身が楽しめなかったのに。それほど繰り返したということだろうか、すっかり慣れてしまった彼は、いくつかのポイントを刺激すればすぐに欲しがるようになった。
 瞳も、唇も、性器も。濡れてバクラを待つ。穴という穴からあらゆる液体が湧きいでて、準備はできていると潤んでみせた。窄まっていた入り口は、バクラを急かすようにひくついて……そんなものを前にして、我慢できるはずもない。だからバクラはいつだって、切羽詰ったように衣服をはだけ、馴染んだその場所に熟れた男根を押し込んだ。
 荒々しい挿入に、彼は非難めいた目で睨む。けれどもそんなものは見せ掛けだ。『中』はバクラに本心を伝える。道を広げて奥へ、奥へ。飢えたメスの如く、更に深く誘うのだから。
 バクラのサイズにピタリと合うように、彼の内部は伸縮した。緩すぎず、きつすぎず。寸分の隙間もなく性器に寄り添う腸内壁。その温かな粘膜に包まれて、安心しきったバクラは華奢な体を抱きしめる。だが彼は、穏やかな時を与えてはくれない。そんなものは無用とばかりに、ぎゅうぎゅうと締め付けた。

 それは、
 搾取される感覚。
 主導権は彼にあるのだと、思い知らされる瞬間。
 膨張すれば、締められる。
 簡単にはやれないと抵抗しても、暴君には敵わない。
 ここにあるものを全てよこせと、この支配者は要求する。

 まるで高い塔を登らされているようだ。
 後ろから、得体の知れないモノが追ってくるから。逃れようと、ひたすらに上を目指す。
 地面は遥か下に遠く、バクラはいつか還らねばならない天に近づいていた。いや、天に還ることができるのは善人と呼ばれる者だけだから。自分はきっと、そこへは還れない。てっぺんまで上りきったなら、そこから先は何もない。まっさかさまに落ちるだけ。

 突如足元がなくなる錯覚に陥って、焦って彼にしがみついた。その手が掴むモノを認識して、そして再び考える。

 コイツも道連れにしてしまおうか。こうして繋がったまま、飛び降りてしまおうか。
 天に還るはずの彼と、地に飲み込まれるだけのバクラ……二人が共にあるのはこの地上のみ。繋がっている限り、天上には昇れず地の果てにも堕ちず。きっと、硬い地面に叩きつけられて、衝撃で弾けてぐちゃぐちゃに潰れて。ヒトとしての形を失くして霧散して。
 その断片がどちらのものか解らないほどに交じり合えば、本当の『ひとつになれる』

(ああ、そうか。オレは、王サマとひとつになりたいのか)

 せり上がる衝動に、ハッハッと短い息を吐いていた。
 喉を絞められ酸素を見失ったかのように、必死で求めてしまうけれど。
(違う、もうこれは必要ない)
 既にこの世にない肉体。バクラにとって、仮の手が掴む目の前の彼だけが、『己』の存在の証。

 まだこのままでいたいのに、
 出したら終わってしまうのに。
 放出の時は、すぐそこ。
 終わると頭で分かっていても、
 もうすぐそこに。

 ……訪れる。



「あーーーー……」
 どくんと痛みを伴う拍動がひとつ。瞬間、視界は白い光に覆われた。
 バクラは脱力し、彼の上に倒れこむ。
 放ったものを内部に感じたのだろう、バクラの下の体は硬直し。くわえ込んだモノを食いちぎらんばかりに締め上げた。
「……いてーよ……」
 かすれ声で抗議すると、さり気なく力を抜いてくれる。横目でチラリと確認した彼は、辛そうに眉を寄せながらも、欲望のイロを表情に乗せていた。
 そう……バクラが見ていることを意識しながらそ知らぬ顔で。潤みきった瞳を宙に泳がせ、ほぅっと満足とも取れる吐息を漏らすのだ。

 この一瞬の映像を得る為に、彼を抱くと言っても過言ではない。確かにこの瞬間だけは、彼はバクラに感じているのだと信じられたから。
 嬉しいような、悲しいような、切なさに襲われて。細い体を包む腕に力を込めれば、当然のように逃れようとする。
 演技でもいい、たまには甘い余韻に浸らないか。素直に身を任せてくれたなら、こんな意地悪をしなくて済むのに。
 諦めて皮肉な笑みを浮かべたバクラは、彼に話しかけた。
「あんたの中、オレの排泄物でいっぱいだよ」
「…………」
「今夜も、たっぷり……」
 ほら、と、密着したまま腰をゆすると、静かな空間に粘着質な音が響いた。
「どこまでも聞こえそうだな……夢の中にいる、誰かさんの耳にも」
「……今夜は、不在だ」
 漸く言葉を発した彼は、つまらない答えをくれた。
「へぇ……ああ、それで。あっさりここで、させてくれちゃったワケ」
 空回りだ、クソ面白くもないと、バクラは天井を見上げた。

 見慣れた廃屋には在り得ない、王の寝室に相応しい装飾が施されている。それを見事だと評価する目がバクラには備わっているが、残念ながらそいつらには。貴様には資格がないと宣告されているような気がした。
(さっさと、去れってか……)
 場違いなのは分かっている、居心地が悪いのがその証拠。それでもあえてここで行為に及んだのは、彼へのちょっとした嫌がらせだ。なのに。
(つまんねーの)
 不機嫌な顔をして黙り込んだバクラに、彼はこともなげに言う。
「移動する時間が勿体無いと思っただけだ。どうせ、どこだろうと同じ。いつだってそうだろう、貴様は。やるだけやって、ひとりで満足して。去ってゆく」
 心の奥に、ぽっと火が灯った。
「……一緒にいて欲しいって、聞こえんだけど?」
 僅かな期待に踊らされ、軽い口調でからかってみる。
「誰が……貴様など……!!」
 彼はバクラを見ようともせず吐き捨てたけれど。

『貴様など』

 そんな目をして何を言う。
 そんな目をして、何と言う。
 バクラには、全て伝わってしまっているということに、彼は気づいていないのだろうか。
 表向きの感情も、その裏に隠している願望も。
 ……それとも。これも計算のうちとでも?

「心配すんな、あんたはオレのもんだから。放さねぇよ」
 つい、甘やかすように口にした。
「心配?何を勘違いしている」
 背中で目一杯の拒絶を示し、乾いた声が返ってきた。
「何度も言わせるな、オレは貴様のものじゃ―――
 最後まで聞かず。バクラは柔らかな頬を両手で包み無理矢理自分の方に向けさせた。そうして吐息が触れるほどに近づくと、刺すように鋭い声で伝えた。
「いや。てめぇの全てが、オレ様のものだ」
 息を呑む彼の瞳の中に、微かな歓喜の光を見て。ふっと口元を弛める。
「だが、オレは。あんたのものにはならねぇよ」
「……願ったりだ。オレには、必要ない……」
 突き放すように言うくせに、その手はバクラの背にまわる。
「必要ない、か……」
 ほっそりとした指先に不釣合いな力をそこで感じ、バクラも彼を抱きしめた。

 向き合って、抱き合っても。消えることのない、寂しさ。
 何をしたって慰めにはならない。彼も、バクラも。ひとりぼっち。




 それは決して触れられないものだった。
 頭では十分理解できているのに、それでも心は欲してしまう。
 けれど、もしも手にする時が来たとしたら、いつか飽きる日も訪れる。

 飽きるのが怖いから、触れられぬものを望むのか。
 飽きられるのが怖いから、触れることを許さないのか。

 あと少し、この指を伸ばせば。掴み取れる距離にある。知っていながら2人は、その努力をしないのだった。

「こうやって繋がっても。遠いのな……」
 結合部に指を這わせ感傷に浸ったが、
「オレたちは、変わらない」
 ぴしゃりと切り捨てられただけ。
「……マジにとんなよ、変わりようがねぇ」
 言いながら勢いよく腰を引いた。入れやすく抜けにくいようにできたそれは、柔らかな内壁を削るようにして後退する。
「っ!!」
 一瞬だったが、彼はバクラがこれまで見たこともない恍惚とした表情を浮かべた。
 そこは、排泄する為の器官だ。文字通り、『排泄』されてゆく太い幹が粘膜にあらゆる指令を下してゆく。出すことの『悦さ』、それは赤ん坊でも知っている核に刷り込まれた感覚だった。
「ゆっくり、抜いて欲しい?」
 歯を食いしばってコクコクと頷く彼を笑いながら、バクラはあっさりそれを抜いた。短い悲鳴をあげた彼の下肢は、余韻に支配されたままガクガクと痙攣し続ける。構わずその体をひっくり返し、腰を上げさせて。バクラは鼻先を突きつけ自分の入っていた孔を見つめた。
「み、るな!」
「なんで?恥ずかしい?」
「…………」
 恥ずかしいと言わせてみたい気もするが、言えずに恥辱に耐える表情も美味しいものだ。
「感じるだろ……そうら、おりてきた……」
 じわじわと下腹部を圧迫すると、小さな穴から白い残渣が覗いた。見られていることを意識しながら、どろりとしたその液体が粘膜を伝う感覚は居たたまれないのか。孔の周辺の筋肉を締めて流出を防ぐ。
「溜めときたいのか?それもいいけど、さ」
 双丘を左右に割り、抵抗する孔を指でこじ開けて。
「ここに置いといたって、こいつらナンにもなれねーし」
 そうして指先をかぎのように折り曲げると、そこにあるものをかき出していった。
「な……に、を」
「確認してーんだよ、あんたが飲み込んだオレの量。どんだけ出したら、いっぱいになって……満たされるのかってさ」
「満たされることなど……」
「ない、か……王サマは、欲張りだな」



 彼は王。
 この大きな国を治める王。
 王ならば、望んで手に入れられないものはなく、
 王だから、満たされているはずなのに。
 彼は心から欲したものを、ついに手に入れられなかった。
 彼が満たされることは、二度とない。

 この国の全てが彼の所有物だった。しかし、彼は所有したかったのではない、所有されたかったのだ。自ら与えるのではなく、求められる形で。
 ただ一人の相手に。強引に、無理矢理、奪われることを望んだ。
 その道を断ったのは、バクラ。
 だが、その道を示したのもまたバクラ。
 きっと彼は、バクラに奪われ所有されたことで内に眠るその願望を自覚した。けれども気づいた時は遅かった。
『そうされたかった』本当の相手には、もはや顔向けできない。
彼は、変わってしまった。

(ああ、可哀想な王サマ)

 彼を満たすことができないバクラもまた、決して満たされることはないと知っている。
 強引に奪われる悦びを知ってしまった彼の、イイワケとして存在し、
 貪欲に『あの男』を求め続ける彼の、捌け口として存在し。
 所詮自分では彼が満足できないのだと、向き合うたびに思い知るだけ。

(可哀想な、オレ様)

 粘液の絡まる指先で、彼の唇をそっとなぞった。
(けど、それでもさ)
「欲張りなあんただから、オレは飽きねぇのさ」
「…………」
「やっぱりあんたは、オレだけのもんだよ」
「おめでたい奴……」

 呆れたように彼は言って。
 寂しそうに目を伏せ、バクラの指を咥えた。

 こうして、今を生きる王に捕らわれた盗賊は、未来を望むことをしなくなり。
 この世にない盗賊の魂に魅入られた王は、己の時を止めた。

 かわいそうな、可愛そうな、ふたりは。
 次の生も、その次の生も。過去に縛られたまま交わり続ける――――







fin.

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