■〜秘密〜■


〈 壱 ) 20061213



生暖かい空気が、闇を支配していた。
今夜は特に寝苦しくて。
アテムは、何度も寝返りを打っていた。


昼間に起きた『事件』のことを考えながら。
その後に交わされた、彼らとのやりとりを思い出しながら。
自分の行動を、「そうするしかなかった」と心に納得させていた。


父の墓が荒らされた『事件』

その責任について、彼は必要以上に彼を攻め立てた。
攻められた彼は、攻めた彼を露骨に無視し、アテムだけに反応した。
いつもに増して、険悪な二人の関係。
その裏にある感情に、アテムは気づいていたけれど。
見て見ぬフリをするしかなかった。


真ん中で。

両者から、同じだけ距離をとって。

決してどちらにも近づかない。


だって自分は、『特別』を持ってはいけない立場だから。







漸く、うつらうつらと意識が揺らぎ始めた頃。
ふと、感覚に触ったなにかの気配。

確実に捉えることができたのに、肉体は半分眠りに落ちていた。
その為、アテムの反応は一瞬、遅れた。

「!!」

完全に覚醒した時には、体の上に馬乗りになった何者かに口を塞がれ、寝台に押さえつけられていた。

「さっきは、どうも」

低く、耳元で囁いた声。
ろうそくの仄かな灯りで確認できた男の顔に、アテムは大きく目を見開いた。



先代ファラオ、アクナムカノンの墓を荒らし、千年宝物を狙ってたった一人で宮殿を襲撃した盗賊。魔物を操る神官たちをもろともせず、暴れまわった男。

アテムの『神』により、ほうほうの体で退散したこの男は、厳重な警備をどうすりぬけたのか。ファラオであるアテムの寝所に忍び込んでいた。

(バクラ……!!)

何故、ここに?!

押さえ込まれながら、アテムはバクラを鋭い目つきで睨みつけた。
先ほどあれだけの騒ぎを起こしておきながら、時間をおかず再び姿を現すとは……!!




あの時。

アテムは全力で応戦しなかった。なるべくなら、殺したくはなかったから、だから攻撃の手をゆるめた。それでも、かなりのダメージを与えた筈だった。当分は自身の精霊獣を具現化できないほどには。

それなのに。


「こんなに早く、オレ様がやってくるとは思わなかったかい?……だろう……だから、来てやったのさ」

下半身を逞しい太ももで挟み込まれ、頭部をベッドに押さえつけられているアテムは身を起こすことはできなかったが、とっさに自由である右手を振りあげた。

「おっと!残念だがな、体格差ってモンを考慮した方がいいぜ……?王サマは、ずいぶんと華奢でいらっしゃるからなぁ」
「貴様、何しにきやがった……!!」

アテムの腕を押さえ込むのにバクラの両手は使われた。自由になった口を動かし、アテムはあくまで強気で対応する。だが、言いながらも、分が悪いことは痛感していた。
確かに、体格差は歴然としている。単なる腕力勝負なら、バクラが圧倒的に有利であった。
バクラの気配に気づけなかった己に、舌打ちするしかなかった。

「何しに?そりゃ、『仕返し』に決まってんだろ。屈辱は、それ相応の報復で返す」
「……寝込みを襲うなんて、セコイ報復だな」
「言ってな。ここまで簡単に近づけさせたんだ、どんだけ吼えたっててめぇの負けなんだよ」

確かに。ここまで簡単に近づけさせた……こんなに、簡単に。殺されても、文句は言えない。
アテムはきつく唇を噛む。
けれど、むざむざと殺されるわけにはいかない!!

僕である魔物を召還するため、呪文を口にしようとした、その時。

「っ!」

ぐんっと思いきり腕を頭の上に引っ張られた。
細いアテムの二本の手首は、バクラの大きな手の平一つでいとも簡単に拘束されてしまう。
その行動の意味をアテムに考える間も与えず、バクラは空いたもう片方の手をあろうことかアテムの腰布の中に滑り込ませたのだ。

(えっ?!)

瞬間、頭が真っ白になる。抵抗する余裕もなく、とんでもないところがバクラの手に握られていた。男にとって、最大の急所。
身動きが取れない……召還術は、封じられる。

まさか、こんな方法があるなんて……!

誰にも触れられたことのないその場所を直接握られて。妙に熱く感じる他人の温度に、アテムは冷静ではいられなかった。
体を硬直させたアテムに、バクラはニヤリと笑う。

「……初めてだったか?こんなトコ、触られたのは。ってぇことは、当然、後ろもまだだよな」
「!?」
「お后さんもナシだしな。だが、全く知らないってワケじゃねーだろ?オレ様も別にこんな趣味があるわけじゃねぇが……精神的に屈しちまうらしいからなぁ、特に野郎同士の場合はよ。くやしいが、貴様の従える『神』にオレ様のディアバウンドはまだ力が及ばねぇ。ちょいと時間が欲しいんだよ。それまで、オレ様自身が倒されるワケにはいかないんでね」
「……オレを殺したいんじゃないのか……?」
「殺さねぇよ、今はな。殺るなら、ディアバウンドで殺る。貴様の『神』を、オレ様のディアバウンドで倒す。……これは、そのための、布石だ」
「布石……なにを……」
「だから、貴様に『女』になってもらうのさ」

アテムには、ピンと来なかった。バクラが何を言っているのか、理解できない。
この男は、何がしたいんだ?

「問題は、オレ様が貴様に欲情するか、だがな」

(それって……)

合点がいったその矢先。ぬめった感触が唇を塞いでいた。
まるで生き物のように蠢く何かを口腔内に感じ、アテムは混乱した。自分の舌に絡まるそれが、バクラの舌だと気づいた瞬間、とてつもない嫌悪が支配した。


こんなのは知らない。
こんな感覚は、知りたくない。
キモチワルイ!!

「!!」

思いっきり、バクラの舌に歯を立てていた。鈍い血の味が、口の中に広がる。反射的に身を引いたバクラを睨みつけた。キツイ表情で、威嚇したつもりだったのに。バクラは、目を細めて鼻で笑っていた。

「いい、お顔だ……いいぜ、すごく、イイ。『女』と思えなくもないよな。王サマ、その表情、犯される瞬間の少女の顔だ」

嫌悪は大きな瞳を潤ませ、羞恥は頬をほんのり染めさせていた。そんな状態で睨んでみせても、何の脅しともならなかった。
バクラは、アテムの瞳の中に生じたわずかな怯えの色を見逃さなかった。それが、バクラの嗜虐性に火をつける。

「こういう時、オレは男で良かったとつくづく思うぜ。相手に好意なんか持ってなくても、興奮さえすればデキるんだからなぁ……。」

にぃっと口元に笑みを浮かべたバクラを、アテムは信じられないという顔で見上げてしまった。瞬間、体の上に熱を感じる。跨るバクラの中心にあるモノ。独立した意思を持った生き物のように、少しずつかま首をもたげたモノ、それは……

さっと顔色を変えたアテムを、バクラは心底嬉しそうに見下ろした。

「そんな顔すんなよ、ますます興奮してきやがった……手垢のついてないカラダなんて久しぶりだぜ。てめぇも初めてなのに気の毒にな、あいつらだったら、もう少しキモチ良くしてくれただろうに」
「あいつら……」
「オレはずっとてめぇに近づく機会を窺って、見てたんだぜ。逃げたフリをして、この宮殿にいたのさ。あいつら、……あの神官二人。王サマにやたら熱い視線を送ってやがったぜ?モノ欲しそうな顔してさ、手ぇ出したくても出せませんってか。鬱憤晴らしにケンカしてんだろ、同属嫌悪ってやつ?」
「黙れ……」
「ちょっと見ただけでもバレバレだっつーの。知ってんだろ、王サマよ?あいつらがビビって手ぇ出せないの分かってて、残酷だよなぁ……無意識かもしんねぇけど、あんたの表情、結構罪だぜ?」
「黙れ!」

殴りつけたかった。あの二人のことを、そんなふうに言われるのは我慢がならなかった。けれど、アテムの腕は、たった一本のバクラの手により押さえつけられたまま。ほんの僅かも動かすことは出来なかった。
ふっ、と嘲笑し、バクラは性器を掴んでいた手を離した。片手で器用に、腰に巻かれていた帯を外し、アテムの両手をそれで縛った。

「強気な女ほど、征服し甲斐があるってね……」
「オレは、女じゃない。屈するものか、貴様などに!」
「せいぜい、がんばれや。言っとくが、オレは貴様に何の感情も持ってねぇ。前戯、なんて、ナシだぜ」

低く。くぐもった声で呟き、バクラは体勢を変える。
隙を見て、腕を縛られながらもアテムはその場から逃れようとした。が、すぐに押さえ込まれる。両足を大きく広げられ、バクラの体を迎え入れる形となってしまった。

知識としては、知っている。
何がこれから行われるかなど。

けれど、自分が教わったのは、こちら側ではない。


『女になってもらう』

バクラの声が頭の中で大きく響いていた。
冗談じゃない!!




足をばたつかせ、バクラの体を押しのけようと必死で暴れた。しかし、小柄なアテムの力では、バクラの前に抵抗にすらなりえなかった。
嫌がる様子は更なる悦びとなる。バクラは、夢中で身をよじるアテムの動きに合わせて腰布を捲り上げてゆく。悪戯をするように、内股や腰を撫でながら、じっくりと感触を味わって。
肌の上をすべる男の太い指を感じ、アテムは絶望を味わう。非力で、小さな自分の体。己の無力さを思い知らされた。


一瞬、アテムの動きは鈍った。

そこに生まれたわずかな空白。バクラはそれを逃さない。



いきなりだった。

バクラには、アテムの苦痛などどうでもよかったから。
国を治めるファラオを征服するという興奮で、彼は十分発情していた。
アテムの膝の裏に手を入れ、そのまま自分の肩の上に乗せさせて。

馴らしもせずに、バクラは挿入した。
悲鳴は、まともな声にならなかった。

尻の窪みにあてがわれた熱いものは、何の遠慮もなく押し込められる。
潤いなど、どこにもない。
今まで感じたことのない激痛がアテムを襲う。


小さな入り口をこじあけ
無理矢理に進入してくる。
息も出来ないほどの圧迫感と
身を裂かれる痛み。
さすがにバクラもきつかったのか、顔を歪める。
息を詰めながら、ゆっくりと突き進む。


時間をかけて、いたぶるように。

堪えきれず、アテムの瞳からこぼれ落ちた雫は、痛みのせいか。それとも……




熱で湿った息を吹きかけ、バクラは囁く。

「助けを呼びたけりゃ、いつでも呼びな。そうすれば、解放されるぜ……?」

誰が!!声にならない声で、反論する。互いの視線が絡み合った瞬間、腹の中で何かが溶けた。繋がった部分に、妙なぬめりを感じる。自分の中に吐き出された、男の精。その事実にアテムはひどく打ちのめされた。

「慣れてりゃ、もう少し具合が良かったろうけどな。あいつらのどっちかとヤっときゃよかったのによ」

貴様と一緒にするな。彼らは、彼らは……こんなこと。こんな……
今は、彼らの顔を思い浮かべたくない。こんな状態の自分を感じながら、あの顔を見たくはなかった。





バクラは、強情を張っていた華奢な体が脱力するのを感じる。
ずるりと一度引き抜き、呼吸を整える。組み敷いたアテムを見下ろせば、無理に挿入されたその部分はひどく出血していた。
自身の精液と相手の血液。
互いの体液が混じり合い微妙な色を創り出している様子は、バクラをより残忍な気持ちにした。


一方のアテムは、あまりの痛みに遠のきそうな意識を必死で繋ぎとめていた。
絶対に、この男の前に倒れたくない。バクラの目に見える形で、弱さは出さない。最後まで、その意地は通したかった。





「ふうん……」

真っ青な顔をして、それでもなお自分を睨みつけている強い瞳。
バクラは静かにそれを受け止めた。アテムを小ばかにしたような表情は消え、ひどく真面目な顔をしていた。
無言で、何かを確かめるようにアテムの肌の上に指を滑らせた。それは、柔らかい仕草であったがアテムにとっては鳥肌が立つほどムカつくものだった。

「おキレイな、カラダだな。そいつを穢された気分はどうだ?オレみたいな、下の者によ……」
「……別に、なんてこと、ない。」

かすれた声で、アテムはそれだけを口にした。
アテムの唇を指でなぞりながら、バクラは呟いた。

「オレに感じる貴様を見てみたい」
「ありえない」
「…………」

暫く、無言で見つめ合った。
アテムの方からは目を逸らさなかった。



吐き気がする、触れられているだけで。
『感じる』なんて、ありえない。
これも一つの闘いだとするならば、オレは絶対に負けやしない。

バクラが望む反応は、してやらない。



小刻みに震える体を呪った。
意志の力では止められないものもある。
けれど、バクラが欲しがる反応だけは、絶対にしない!




長い夜の幕開けだった。