■〜SECRET〜■
〈 2 〉 20070422
「さっきは、どうも」 低く耳元で囁くと、紅い双眸が驚愕と共に大きく見開かれた。 彼の瞳の底に隠れていた「怯え」を探り当て、バクラの胸に言いようのない喜びが沸き起こる。それは、『支配』する、予感。そんじょそこらの相手じゃない。この国を治める王を、だ。 アテム自身には何の興味もなかったし、ましてや男を抱くなど余興にもなりやしない。 こんなもの、単なる思い付きだ。 この方法なら、本人以外にも傷付く人間が存在するのだと、奴らを見ていて思い付いただけ。 自分の牡が役に立つのか気にはなったが……不安と緊張で強張るアテムの表情が、バクラの欲をまず掻き立てる。単純に、男なら誰でも持ち得る征服欲を刺激されたのだ。 よく見れば、さすがにこれまでバクラが相手にしてきた人間とは違う、品の良さ。整って綺麗な作りをしている器だった。そして、間近にして初めて気が付いた。それは随分と……好ましいと思える顔だったのだ。 華奢なあごに艶やかな唇。 スッと通った鼻筋に長い睫。 男にしては大きすぎるとしか思わなかったつり気味の瞳の中では、濁りのない煌びやかな光が瞬いていた。 「その気」になるには充分だった。 だから躊躇することなく唇を合わせた。 触れたものはこれまで味わったことがないような柔らかさで。そんな筈もないのに極甘く感じた。穢れなき舌を絡み取れば、どうしていいのかわからず途方にくれる子供のように大人しかった。 初めてか?オレ様が、最初にコレに手をつける? 心の深いところから、じわじわと滲み出る歓び。 それはかつて一度も経験したことがない感覚だった。 (見つけた) 何を? 分からない、今はまだ分からない。しかし―― これは今まで手にしたモノの中でも上級品ではないか。 誰も触れたことのない至高の宝。 そんなもの信じてはなかったが、他人の口を借りて言うならば、こいつは『神』の化身。 その神を、この自分が制するのだ。 無遠慮に遊ばせていた舌に力いっぱい噛みつかれ、咄嗟に身を離した。が、不思議と腹は立たなかった。 羞恥に染まった瞳で睨まれたところで何の脅しにもならない。寧ろ、目尻ににじむ涙が彼をあどけなく見せて。 拙い抵抗が、愛しいとさえ感じるほどに愉しくなる。 (勝てる) 望んだ通りの未来を確信し、大きな満足感を得た。 後に訪れるであろう神との闘いはオレの圧倒的な勝利だ。 (だが……まだだ。まだ、許してはやらねぇよ) 更に追い詰めて、徹底的に打ちのめす。 オレ様に逃げ道を与えたことを後悔するがいい。 簡単には、殺さない。 すぐに楽にはしてやらない。 安っぽい慈悲心でこのオレを侮辱した、その報いと思い知れ。 言葉でいたぶりながら、細く伸びた足に手をかけた。 無理矢理大きく左右に開かせて、その中心に体を割り込ませる。よく引き締まったふくらはぎを軽く撫でると、ざぁっと音がするような彼の動揺を肌で感じる。 愉快で堪らない。 嫌がる様子を冷たく笑いながら、わざとゆっくりと指を這わせた。 膝頭を過ぎ、大腿へ。少しずつ身体に纏う衣をまくりあげ、その下に潜んでいた肢体を暴いてやった。すっかり顕わになった下肢の輪郭をなぞり、形を確認するかのように外側から内側へと滑らせる。 冷たいバクラの温度に、アテムの内股がびくりと震えた。他人から与えられる刺激など知らないウブなその場所は、汗ばんでしっとり湿って温かく。その温度差がどうにも心地よくて、しばらくの間バクラは彼の温もりの中に浸った。 アテムの震えは全身に広がってゆく。 一度発生してしまったそれは、もはや意思の力では止めようがなかっただろう。少しずつ、大きくなってゆく絶望感。それが、バクラには手に取るように分かる。 ついに、やった。 かつて何もできずに、息を殺して隠れていただけの自分。目の前に立ちはだかった、あの大きな力の頂点に立つ者が、こんなに小さくなって震えている。 きっと奪えた。奪った、奪ってやった!こいつの『核』となるものを。 そいつがなければ簡単だ。あとは、ガラガラと崩れてゆくだけ。 あの惨劇を引き起こした血の末裔を、ここまで貶めてやった!! 粟立つ肌に、吐息がかかるほど近づいて。目を、細める。 後悔しているか?オレに情けをかけたことを、手を抜いたことを、……殺さなかったことを。 慰みに玩ばれて、惨めだろう? これまで受けたことのない屈辱だろう? この思いに底はない。どこまでも、どこまでも、貴様は堕ちるのだ―― バクラの興奮は、頂点に達する。 二つの肉の隙間に潜り込ませた指の先。 そこは、きっと誰も訪れたことのない秘密の場所……。 その時、確かに。 バクラは、生ツバを飲み込んでいた。 自覚することなく、我知らず。 期待していたのだ。いつの間にか、この相手に。 そんなつもりはなかったのに、ただ、力が回復するまでの牽制の意味で行為に及んでいるだけなのに。触れれば触れるほど、バクラの中でアテムの価値は高くなる。 けれど、それには気付いてはならなかった。 欲してなど、いない。 いつだって、どんな宝だって、執着したことはないのだから。 いらない感情を排除して、バクラは己を突き立てた。 アテムの抵抗が弱まった一瞬の隙を突いて、いきなり。 彼の喉から搾り出された悲鳴は、声にはならなかった。 退くことを許さず細い腰を押さえつけ、バクラは入り口をこじあけた。あまりの狭さに顔を歪めながらも、ゆっくりと身を沈めてゆく。慣らしてないそこはバクラにとってもきつく厳しい。だが、その痛みさえも快感だった。憎き王は、これ以上に苦しんでいるのだから。 息を詰め、固く閉じようとする瞼にどうにか隙間を作って確認した、アテムの表情。 心臓が一度、大きく跳ねた。 苦痛に耐える顔は、壮絶に美しかった。 ぎゅっと閉じられた、彼の瞳から流れる一筋の涙。 それを視線で追いながら、短く切るように息を吐き。じわりじわりと全てを飲み込ませた。 繋がりを確実なものにして。 熱い吐息を吹きかけながら、耳元で囁いた。 「助けを呼びたけりゃ、いつでも呼びな――」 でなきゃオレからは逃げられない。『貴様は、無力だ』そう、言外に匂わせる。 想像すると、愉快だった。 もし、あいつらがこの状態を見たならば。 この先どんな展開があるのだろう? 馬鹿なヤツらだ、さっさと手を出せば良かったものを。 もはや取り返しはつかない。 この体験は、必ず傷になる。 深く、消えない傷になる。 (ざまぁみろ) 見ろよ、こいつを。 必死に強がる、この憐れな姿を。 オレが犯してやった。 汚れのないこいつの世界を、オレ様が! 怒りと、憎しみ。それに、小さな、淡い……何か。すべてをぐちゃぐちゃに掻き混ぜて練りこんで。それを叩きつけるように、ありったけの精を吐き出した。 瞬間、アテムの体は硬直し。 そして、ゆっくりと弛緩する。 ゆるゆるとうなだれる様に力を失くす彼を、バクラは一旦解放した。 呼吸を整えながら、ぼんやりとした頭でアテムを見下ろした。 (綺麗だ) 素直に心の中で呟いた。 バクラの白い体液と、アテムの赤い体液が。 交じり合って、 混じり合って、 雑じり合って。 その色彩が、妙に綺麗だった。 (殺っちまおうかなぁ……) このまま、ここでこいつの時を止めてしまおうか。 育つ筈のない、己の種を植え付けたまま。この腹を切り裂いて、さらに真っ赤に染め上げて。 こいつの時を、永遠に止めてしまおうか? そうすれば、そうすれば…… いつもだったら、絶対に見なかった。 殺す相手の目を正面から、見ることなんて決してなかった。 なのに 見た。 目が、合った。 「ふうん……」 自然と、そんな声が漏れた。 (死なないんだな) アテムの目は、光を失ってはいなかった。 こんなにも青白い顔をして。 こんなにも、身を震わせて。 それなのに。 突き刺すような、鋭い視線をバクラに向けていた。 (強がりだ、こんなもの) ゆっくりと腕を伸ばし、アテムの首に手をかけた。 そのまま、少し伸びてしまった爪が引っかからないように、指の腹でつつっとなぞる。 心窩部から一本の線を辿り、真っ直ぐ下りて臍の窪みまで繋いで。 そして一瞬躊躇して。 先ほどまで自分が入っていた下腹部に、掌をぴたりと押し付け、撫でた。 撫でながら、熱を帯びた瞳で確認する。 その更に下方にある彼のモノは、何の反応もしていなかった。 (当然か) 反応があっても、気味が悪いだろ? 呆れたように納得して。そして考えた。 今まで多くの体を感じてきたけれど、これは初めての体験だったから。 こんな風に、脂肪のついていない腹を撫でたのも、自分と同じものをナマで見るのも。 だからちょっと、気分が違うのかもしれない。 そんなふうに自分に言い訳をして。 「おキレイな、カラダだな――」 素直に、感じた通り述べていた。 なんだか、勿体無いと思った。まだ、時間を止めるのは勿体無い。 (こいつが、強がっていられるのなら) 無意識だった。 彼の唇に、武骨な親指で触れて。 ぽつりと呟く。 「オレに感じる貴様を見てみたい」 「ありえない」 即座に返された言葉に、ツキンとどこかが痛んだ。 (……?) ほんの一瞬だけ。だから、バクラはすぐにそれを忘れた。 今のこの時間に、何を思って、何を感じて、そして何を口にしたのか、それも忘れた。 夢から覚めたように意識が鮮明になり、もう一度彼を見下ろした。 アテムの瞳は、バクラの上から動かない。 強い、意思 揺らぐことのない、心 それらを統べる、誇り高い、魂。 (強がり) (これをへし折れば?) (完全に、オレに従わせてみようか) (きっと、もっと絶望する) にぃっと口元が歪んだ。 (『感じる』) (意思に反した反応をしたら?) (『ありえない』) (こいつは自分で自分を、許さない) 決して自分からは逸らそうとしない、紅。 (いつまで、そうしていられるか……ゲームを、しようぜ?) 時間ならまだたっぷりある。 思い知ればいい、その先で。 勝つのは、必ずオレだから。 |